そしてこの時スタニスラス氏は「お前はパパの巡礼者だ。」と言った。この意味はバルテュスの画家としての生涯を辿るような旅をして来た者への慰労の言葉であり これは私にとってはとても嬉しい理解の仕方であった。しかし同じように実際に足を運んで調べようとする者は皆 巡礼者だろう。バルテュスのカリスマを引き継ぐスタニスラス氏は このような形で私達の旅を収斂してしまうのだが 彼の語る話は何一つおろそかにできなかった。「ブランシャールの子供達」の机の下に描かれた黒い塊について 「モンテ・カルヴッェロの風景 1」に描かれている男女は自分が見せた古い版画からヒントを得た事 バルテュスの描く猫は見えないものを見る目撃者である事など。そして時々案内の途中で「この足のデッサンは 誰の足か?」とか 「この脚立に見覚えがないか?」と私に質問してくる。それに答えるとにっこりと綺麗な笑顔を見せる彼は 若い頃は音楽家だったそうである。今でも世界的に有名なロック・ミュージシャンと交流を持っているそうで 後で彼とジョン・レノン等が一緒に写っているスタジオでの写真を頂いた。

またバルテュス家の華である春美さんとも2度ほど御会いする事が出来たが 陽の暮れたグラン・シャレの居間に現れた彼女は 黒いイブニングドレス姿であった。その落ち着いた気高さはレオナルド・ダ・ヴィンチの描いた希代の名作「モナ・リサ」に良く似ていた。それは容貌だけでなく 清明でありながら暗さを持ち 知的で高尚でありながら気さく 彼女も多様な美を持つ貴人であり 二人ともまったく年を取らない。
またバルテュス家の要である節子夫人とは電話での挨拶に留まったが グラン・シャレの室内に飾られた夫人の作品では 私はバルテュス一家の人々を動物に例えて描いた作品に強く興味を持った。またその後にメールでお墓に添えたお花のお礼も頂いた。またスタニスラス氏は この後も作品の内容を確かめための問い合わせに何度も答えていただいたりした。バルテュスの御家族の方々はとても洗練されており 氏を理解しょうとする者に対して誠意を尽くす態度は とても真摯で丁重であった。皆様には とても感謝しております。また本書を書き上げるための示唆を与えてくれたヴィラ・メジチ館の司書の方と学芸員の方々 またロシニエールのホテルの女主人 そして氏の作品を知らなかったラルシャンのパン屋の娘さんなどなど 皆様へも感謝を捧げます。

さらにこの調査旅行の準備をし 通訳として同行してくれた写真家のジャン・フランソワ・ゲーリーさんと助手として同行してくれた岡本 恵美さんにも感謝をしております。なおゲーリーさんは本書のフランス語の翻訳もしていただき その労苦に敬意を持って感謝します。

 

著者 近藤 達雄
2008 3 13