*色彩について 

バルテュスの色彩は茶系を主にしながら落ち着いた色調を用いていると思われがちだが 実はかなりいろいろな色彩を用いている。特に戦後に移り住んだシャシー時代は風景や陽光を描いているので色数も増え 彩度も明度も高くなっている。そして代表的な技法の乾筆の重ね塗りでは 視覚混合による色彩の微妙さも作り出している。また全体的には微妙な色彩の調和を得意としながら 対比的な色彩の配色も多く見られる。
これらの中で印象的な色彩を使っている例を挙げてみると「街路」の赤色は不思議な使い方をしている。これは女性の帽子の赤とその奥の建物の入口は同じ赤色であり また左手前の娘の上着と左の建物の奥にある看板も同じ彩度の赤色である。色彩の遠近法では奥にあるほど 色彩の鮮やかさを下げて目立たなくして遠近感や空間性を生じさせるのだが ここではそれが行なわれていない。つまり赤色は画面の奥行に関係なく使われおり 遠近法は無視されているのである。これはこの絵が街と群像を再現的に描きながら 遠近感を無視した配色を行なう事で 写実表現の法則に捕らわれずに より複雑な状況を作り出すための技巧のようだ。これも汲めど尽きぬ源泉たるべき表現への工夫の一つだろう。 
また「鏡の中のアリス」も興味深い色の扱い方をしている。この画面は描き終った後に薄く溶いた茶系色をお汁がけ(グラッシ)をしているように見え この薄い膜自体がアリスを写す鏡のように見る。しかし実際にはお汁がけは行なっていないようだ。「夢見るテレーズ」では赤と白による視線の誘導という高度な技が使われていた。またP252の「三姉妹」では三人の娘達の衣服や長椅子 壁などを面ごとに塗り分けている。これは形と色彩による構成の例であり この面ごとの配色は色彩のもたらす効果を最大限に引き出している。これと「夢 2」を見比べると後者の色彩は重厚で微妙だから まるで正反対である。同じ作者とは思えないほど色彩の扱い方が異なっている。さらに傾向の違う作品は「青い布」で ここでは全体に白色を混ぜたような明度の高い色を多用して 穏やかでまろやかな明るさを与えている。これらの様々な色彩の扱い方は氏の幅の在り方であり 色彩の効果を追求した結果だろうし その創作世界が一概に捉えきれない証の一つでもある。
最後に最も印象深い配色の例を取り上げよう。それは晩年のロシニエ−ル時代に描かれた「画家とモデル」である。この机上の印象的な小箱には対比的な三色が使われているが この配色から受ける印象を言語化すると 未成熟 奇妙などとなる。そしてこの奇妙にも見える小箱は画家と若い娘に次ぐ存在であり 色彩化した猫のようである。
以上のような特徴的な色彩の扱い方は他にも見い出す事ができるが それは鑑賞者自身の発見にゆだねる事にして 色彩における感性の独特さと工夫は バルテュスの見逃してはならない特徴であり ここでも絵画表現の創造を追求していた事が明かになっている。

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