*11 なぜ作風や技法が変わるのか。

1900年前後から 1950年代までの絵画表現の変革は それまでの写実表現に具象表現と抽象表現を加え 絵画は 3つの表現描法を得た事になる。このような表現の創造の時代にあって バルテュスの表現描法も変化している。青年期の写実表現から それ以後は徐々に具象表現に移行している。(もっと正確に言えば青年期でも写実表現ばかりではなく具象表現も平行して用いられていたのだが。)

この具象表現への移行は他の流派の影響を受けたのではなく 絵画表現の可能性を追求していった必然性から生じたと考えられる。つまり写実表現では現実性を優先するために 様々な条件に制約される。形 質感 立体感 空間性 光と影 これらは正確な再現性を求められるし 色彩も物の持つ表面色などに限られる。具象表現ならばこのような限定から開放され 表現内容を優先させる事ができるのである。これは印象派が誕生する理由でもあるし その後のフォービズムなども同じ考え方である。
変化の過程を説明すると 最初に物の持つ質感が省略され 次に形が単純化していく。立体感や空間性は描き続けられるが シャシー時代の中頃では それらを省略した平面化する作品も試みている。またゆるい線と不定形による構成も試みており これらは具象表現の可能性と限界を探っているようだ。空間性を描き出す遠近法も具象表現になるほど簡略化されているが 基本的には有角透視図法を用い続け 中には平行透視図法による空間表現を取り入れた作品もある。また光と影は立体感を描き出すためだけでなく 演劇的な効果や陽光自体の輝きを描くために用いられているが 最終的には明確な光源を必要としなくなる。

もし青年期の写実的な様式を続けていったとしても 充分に優れた画家として名を残したであろうが それにこだわらず 新たな展開を押し進めていった事で成し得た成果は それ以後の作品を見れば明らかである。
また表現者を2種類に大別すると 一方はある独自な表現様式を獲得する事を目指し これが成立するとその様式で制作し続ける。もう一方は表現様式にこだわらず 様式を固定化しない。この違いは様式を重視するか それとも内容を重視するかの違いでもあるが えてして様式を重視する方は 自分の作り出した様式を模倣し続ける事になりかねない。バルテュスは後者であり ゆえにかなりの幅がある作風であった。
つまりこの変化は自らの絵画様式を固定し模倣するのではなく 様々な表現を試みる事で具象表現の可能性と限界を追求して行ったのであり これは絵画の可能性の創設であったと言える。

1990年代初頭に行なわれたセミール・ゼキ氏との*対談。
ゼキ氏「モンドリアンは数学や哲学の思考に完全にのめり込んでいますが 貴方自身は絵画の限界を意識的に探究なさっていますか?」
バルテュス「いいえ 私は意識的には何もしていません。無意識的なのです。私は自分が何者かに導かれているような感じがするのです。それが何か分からないのですが。」

ここではバルテュスは表現の変化は意図して行なったのではなく 自然体として絵画に向き合っていくうちに展開されたと言っている。また何者かに導かれていると言う発言は興味深く 絵画世界の可能性とそれに答えようとする者の間に生じる希有な感覚で 宗教的な体験に近い事を述べようとしているようだ。
* 「芸術と脳科学の対話」バルテュスとセミール・ゼキ著 青土社。

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