*何故猫を描くのか。

猫はバルテュスの作品に欠かせない登場者であるが 描かれた猫は習作も含めて 28点である。幼年期の「ミツ」が 1点 青年期に 1点 大戦中と大戦後の時代に 12点 シャシーの時代に 2点 ローマの時代も 1点 ロシニエール時代では 8点である。猫の果たした役割はかなり重要で 他の動物ではこのような微妙な役割を果たせなかったろう。
猫は淑やかで気高く 利発で悪戯っぽく 人に良くなつくがその気高さを失う事がない。その大きな眼は曇りのない透明な輝きを放ち しなやかな身体と毛並みは魅惑的である。そしてどこか謎めいている。これは彼等が人間世界に密着して生きていながら 時に人間に対して無関心とも思える不遜さを見せるからだろう。また人間世界と動物世界を行き来でき 夜の闇にも詳しい。それゆえに人にとって未知の異界にも通じていると思われるからでもある。
バルテュスの描いた猫は様々な役割を持たされている。幼年期の「ミツ」に登場する猫は 愛するものを失った哀惜の気持ちの対象として描かれ 青年期の自画像である「猫の王」では王として猫を味方につけ その後の「夢見るテレーズ」では性的なものを強調する役目を負わせている。また P174の「金魚」では人のように笑ってはいるが 野生的な捕食者の一面も見せている。これらの中で やはり特筆すべきは P221の「部屋」の猫で ここでは娘の身に起こった出来事の目撃者であった。さらに晩年の「鴉のいる大きな構成」では猫と言うよりも謎めいた不可解な存在であり 「鏡猫 3」では娘と鏡と共に3つの関係によって成立する世界の一つを担うまでになる。また遺作である「マンドリンと若い娘」では同居の無関係でありながら さらに同居の無関心をも意味しているようだ。また猫は女性が異性の侵入を拒む 秘められた私室へも自由に出入りできるが この時に猫は同性となりながら 異性の役割も持ちうる。つまり彼等は人の性を越えた第三者でもある。そしてそのような場で行なわれる事を見る者であり しかも密告しない沈黙の目撃者なのである。また冷静な眼差しと淑やかな不遜さは文学的であり 絵に描かれてさまになる存在でもある。つまり猫は少女に次ぐ 二番目の美と怪しさの両面を持った者である。このような役割を果たす者は他には考えられず 猫を用いる事はバルテュスにとって大いなる発見であったはずだ。

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