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「作品との一体化」

P353「マンドリンと若い娘 (期待)」 190×249.5㎝ F200号程度 2000-2001
遺作。この作品でバルテュスの絵画作品は最後となる。バルテュスは 2001年2月12日午前 2時過ぎに亡くなり その長く濃密な人生に幕を降ろす。
この作品にも最後の画題となる若い娘の裸体とマンドリンが描かれているが 高齢にもかかわらず F200号に及ぶ大作であり 衰える事のない制作意欲を示している。しかし残念ながら未完成である。
画面中央には寝椅子のような寝台が置かれ その上にはしどけない姿の若い娘がマンドリンを無造作に持って横たわっている。この姿態は無防備で大胆である。正面の壁には窓が2つあり 外の風景が見えており 右側の窓は開けられ 白く耳の黒い犬が前足を窓枠にかけて外に首を出している。窓の左側には紫色の遮光幕がニ本の帯で止められているが その大きくうねる皺は不安定でうごめいているようだ。画面左下には木製の椅子が後ろ向きに置いてあり 猫が一匹座っている。室内は茶色と焦茶色で塗られ 床壁の区別は曖昧で暗い。犬と裸婦とマンドリン そして猫。これらはバルテュスの特性の一つである「同居の無関係」を思い出させる。ここでの4者の無関係さは構成の不安定さによって より強調されており 不吉ささえ感じられる。しかし題名にある「期待」という言葉から考えれば 娘の期待は待人であり 外の様子を伺う犬は娘の気持ちを察して 外の様子を伺っているのだろう。それに比べて猫は冷静で無関心であるが それは待つ事の空しさを示しているようだ。この両者の違いは明らかで 犬の正直さと猫の冷徹さは対比的である。また「鏡猫 3」に見られた強く引き合う要素の関係よって成立する世界は解体され またも同居の無関係さに戻されているようだ。しかし「期待」と言う何かを待つ気持ちは このバラバラな関係の中心にあり それぞれを結び付けている。
この作品も制作途中で大きな変更がなされている。大きく変わっていないのは 犬の様子だけで他は初めから描いたほど変えられている。裸婦とマンドリンと寝椅子は姿勢や色 形までも変更され 椅子の上の猫はまったく異なる場所に移動している。この結果 犬と猫は娘を挟んで対極の位置となり 娘の期待に対する正反対の態度を示すようになる。つまりこの未完成の遺作は題名の通り 期待に対する2つの態度が描かれている事になる。しかしそれだけでなく 不吉さなども見て取る事ができるので 期待とは待人ではなく もっと異なるものも意味するかもしれない。余命と終焉 天に召される時。今現在という時間に全てを託して描き続けるバルテュスは90才を超えてなお このような大作に大きな変更を行ないながら描く事は 大変な労苦を強いる作業であったはずだ。しかし相変わらず描きながら自らの画像を追い求めていく その気力は恐ろしいほどだが それは画家自身と絵画が一体化することを望んでいるからではないだろうか。私にはバルテュスは制作を続ける事で 自らを自らの絵画世界に殉教させようとしているように思われる。期待とはそのような意味もあるのではないだろうか。
バルテュスは息を引き取る前に訪れた画室で 家族だけになった時 こう言ったそうである。「続けなければ 続けなければ・・・」と。それは弱くもはっきりした声で画室に響いたそうである。