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「秘められた美の園からの脱出」

P347。「鏡猫 2」 200×170㎝ F140号程度 キャンバスに油彩 1986-1989
「鏡猫 2」は「鏡猫 1」と同じく 若い娘と手鏡と猫を描いているが 各所に変更が見られる。娘は裸体から着衣姿になり 寝台は寝椅子に 猫は三毛猫に さらに布等の模様や皺も変えられている。また娘の姿勢も変更され 左足を手前に曲げた分 自然で楽な姿勢になり 片手に手鏡を持ち もう1方の手には櫛のかわりに本を持っている。この小さめの本を持つ指は真直ぐに伸ばされ 人さし指を本の間にはさんでおり 繊細な扱い方をしている。娘は首周りのやや開いた長袖を着ており この黒と珊瑚色の組み合わせは印象的だ。腰には青緑の布を巻き 下半身は青黒っぽく裾の短いズボンを穿き 足先は素足である。「鏡猫 1」に描かれていた足置き台と日本風の手箱は省かれているが 女性の顔だちと猫の種類や歌舞伎に使われている柄と色彩から 日本風な感じが強まっている。このために節子夫人を描いた他の作品のように 西欧から見れば異国情緒を持った作品に見えるだろう。猫の仕草も変更され 手鏡に映っている自分の姿に片手を出してじゃれようとしている。この猫の反応は実に感じが出ている。
「鏡猫 1」は身支度をする半裸の娘であったが この「鏡猫 2」では着衣姿で本を持っているので 身支度する娘ではないと言う事である。身支度をする娘は 秘められた美の園に住む者であり その園の中で自らの美しさを映す大切な鏡を使って猫と戯れていた。しかしここでは秘められた美の園ではなく 本を読む束の間の戯れとなっている。この変更は大きい。
変更後の人物の姿勢は自然で安定し 娘と手鏡と猫の配置は三角の構成に巧みに納まり 色彩の強さや配色の独自性もある。そしてこの三者のいる長椅子の背後や周辺は暗く 何も描かれていないから 長椅子は闇に浮ぶ舟のように独立して見える。まるで彼女らはあの香しき美の園から船出して 星も見えない闇夜の大海に浮んでいるようだ。しかし孤独には見えない。それは娘と鏡と猫の3つが作り出す関係が充足しているからだろう。身支度の秘められた美の園から抜け出させた理由は この三者の関係を際立たせる事にあり あのような魅力ある場にあっては 三者の関係が半ば埋没してしまうと考えたのだろう。
それでは娘と猫と鏡とはどのような関係なのだろうか。娘と鏡は切り離せないもので 鏡は望ましい自分に化身するための魔法の道具であり その一方で本当の自分を映し出す真実の道具でもある。そして猫は人間とは異なる世界に住みながら 最も人の生活に自由に出入りできる他者でありながら親近者である。そして動物の美しさを愛玩できる限られた存在でありながら 人間からは見えない動物世界にも住んでいる謎の動物でもある。それ故に魔術的な世界に通じている者とされたりする。そしてその眼は目撃者であり その口は沈黙の証言者でもあり 時には共犯者にもなりえる。そのような猫に鏡を見せるとは正体の露呈を求める事であり または化身を誘う事でもあるだろう。また猫と娘は化身やその不可解さが似ており 互いに実体に捕らわれない魅力を持つもの同士である。このように三者はそれぞれに深いつながりを持っている。
このような三者の関係を一つの世界にまで至らせるために 身支度の美の園から抜け出させたのである。しかしまだその世界の確立は充分とは言えず やはり「鏡猫 3」まで待たねばならない。しかしこの「鏡猫 2」によって「鏡猫 3」に至る足掛かりが出来たと言えるはずだ。