346

「重く暗い感情の痕跡」

P346。「眠る裸婦」 93×118㎝ F50号程度 キャンバスに油彩 1983-1986
この荒々しいほど力強い描画力は何なのだろう。布の敷かれた寝台に若い娘は裸体のまま 横たわり 寝入っており 傍らには鉢に植えられた花が置かれている。しかしここにはあどけない寝顔も 初々しい裸体の輝きもない。下腹が膨らんでいる裸体は立体感を持ってまるまると描かれているが その色彩は緑色がかり 重く暗い。背景も同じで重く暗い。しかも全体は荒々しいほどの力強い筆致が施されている。その力強さは怒りを込めたようにも見える。何故 眠る者の姿を これほどまでに重く暗く描くのか。5年前に描かれたD1393の素描と比べるとその違いは明らかで そこには均衡の取れた形態と丹念に仕上げられた明暗が描かれている。しかし油彩画の方では寝台に横たわる裸婦は力強いが 敷いてある布や枕元の花等の描写までには その力は及んでいない。そしてこの力強さの中には 怒りを込めるようなぞんざいさが感じられる。この作品は75才から78才の間に描かれているから 他の似た作品のように老いによる肉体的な衰えか 感覚の混乱かと考えられるが・・・。
ここにはかつての身支度をする娘達で描かれた生命の輝きはない。もはや若い娘の裸体は表現の素材に過ぎなくなり そこに込める言葉にならない抽象的な感情こそ重要なのでないか。怒りを伴った強い願いのようなもの 思い通りにしようとするがままならない自分への憤りだろうか。この絵には絵画の構築よりも画家個人の押さえきれない感情の爪痕が刻まれているように思える。