340

「時間に宿る美」

P340。「画家とモデル」 226.5×230.5㎝ S150号程度 キャンバスにカゼインテンペラ 1980-1981
窓辺に立つ画家は窓のカーテンに手を添えて 外光を取り入れるようにして外を見ている。窓の外の様子は描かれていないが暖かそうだ。室内は外より明るく ほのかに暖かみをもった光に満ちている。初夏の頃だろうか 湿度のない軽やかで冴え渡った空気が感じられる。
中央のあどけない娘は椅子の上に掛けられた布を下にして両肘をつき 水色の表紙の本を見ている。顔をややこちらに向けているが 視線は本に向いているので流し目のようになっている。腕は曲げられ しなやかそうな手首の先にある指先で頁をめくっている。その腕の間から覗いている左手もしなやかだが 力を抜いてた指の中で 小指だけを真直ぐに伸ばしている。このしとやかな繊細さは彼女の気品を表している。そして彼女の着ている衣服はウエストを絞っていないワンピースで 色は黄緑がかった白銀のよう あどけない娘によく似合っている。頭から背 そして腰から両足へとゆったりとした曲線で無理がまったくない。スカートから伸びた両足はやや沈んだ色で室内履きは赤味がかった渋い色である。
その奥にある机は紫がかっていて 上には果物が籠に盛られ その横に市松模様の箱が一つ置いてある。この箱は妙に目立つ配色で とても眼を引く まるで画家とモデルに加わる3番目の存在のようだ。これまでの作品では このような場合は猫が描かれていたのだから これはきっと猫の変身した姿だろう。そして机の前の椅子には白と赤色の布が掛けられ 左端には脚立と取っ手のついた容器が置いてある。これらはこの簡素な室内に適度な充足感と変化をもたらしている。
画室での休憩時間であろうか。画家とモデルの緊張感は解かれ 緩やかな時間が流れている。さりげない一時である。このような時に かけがえのないものが全てを穏やかにし 豊かでよい香りをあたりを漂わせる。その穏やかさと香りは色彩に表れている。視覚化された香りは ささやかな憩いという名であろうか。このような何気ない一時には 安らかな美の女神も立ち寄るだろう。この絵はものの美しさを超えた 空気と時間に宿る美を描いている。
しかしこの画室での様子は 27、8年前に描かれた あの P221の「部屋」も思い起こさせる。あの作品にはこのような穏やかで何気ない一時は描かれていない。もっと陰微で濃密な闇が占める室内で起こった 性に関する不穏な出来事を 光と影を使って描いていた。その「部屋」を描いていた画家とモデルが休息するとしたら 画家はカーテンをあけるだろうし モデルは何ごともなかったように振る舞うだろう。こうして見ると この作品は「部屋」のあとさきを描いたものとも思えてくる。しかしそこまで結び付けないにしても この画家とモデルの関係は 美という事件を起こす共犯者である事にかわりはない。