337

「黄泉の地のような幽玄な世界」

P337「モンテ・カルヴェッロの風景」 130×162㎝ F100号 キャンバスにカゼインテンペラ 1979
モンテ・カルヴェッロにはバルテュス夫妻がイタリア滞在中の 1970年に購入した中世の城がある。夫妻の終の住処とするつもりであったが 気候がバルテュスの身体に合わず長く住む事はなかった。しかしここには節子夫人との間に出来た最初の子で 幼くして亡くなった文男(1968-1970)が眠っている。
この鳥瞰によって眺められた風景は雄大で幽玄である。まさに現実から遊離しようとしているようだ。手前の近景以外は白い靄が薄くかかっている。左側の小高い山の下にある白い岩肌は 造形的に複雑で妙味がある。また右側の遥か向うに広がる大地は遠近感を失うほど広大だ。そして左上の山頂にある忘れられた遺跡のような建物は この地と関わって来た人間が成してきた行いを痕跡として思い忍ばせる。手前の近景には靄はかかっておらず 白茶けて樹木も痩せ細った荒涼とした斜面が広がっている。そして石積みの高台に男女の二人がこの景色を眺めている。
このような幽玄な風景を描くバルテュスの心境とはいかなるものなのだろう。現実の中の不可思議な領域にも関心を持つバルテュスはこの風景に何を見ているのだろう。この風景は実際にアトリエから見える風景であるが 別方向を向くテラスからも広々とした景色が眺められるし日当たりもよい。それにもかかわらず この場所を選んでいる。確かにこの場所はありきたりの風景ではない。実際の風景と比べるとこの作品が見せる世界との差を強く感じる。その差こそ現実と創造の違いであり バルテュスが現実から創造へと飛躍した距離である。ここに見られる幽玄な風景は 風景ではなく一つの世界となっているが 山頂に残された廃虚 骨のように白い岩肌とその特異な形 そして荒涼とした前景 さらにその風景を眺める二人の人物。この絵には絵画としての表現とは 別な何かへの思いが込められているように思える。
そう思えるのは この地が節子夫人との間にできた最初の子が永眠している場所である事と関係しているのではないだろうか。幼くして亡くなった息子の死を悼む鎮魂の念 白く幽玄な風景は彼方に広がる黄泉の地 荒涼とした手前の斜面は現世 右下の二人の男女はバルテュス夫妻。しかしこれはやや文学的でつじつまが合い過ぎるし またバルテュス夫妻の個人的な領域に入り過ぎているかもしれない。
別な解釈を行なえば バルテュスは現実に立脚する人であり この幽玄な世界は実際に靄が作り出した幻想的風を元に東洋絵画の手法を実践したのかも知れない。それはこのような幽玄な風景観は東洋的であり ここに見られる造形も水墨画などの古典に見られる現実の姿や形に捕らわれず 自在に作り出しながら その真髄に迫り 表現としての妙味を与えるというやり方に一致するからである。
しかしともかくこの作品では実際の風景と表現の差こそ バルテュスの創造という飛躍の力を示す作品である事は間違いない。