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「善なる光に包まれる」

P334「横顔の裸婦」 225×200㎝ S150号程度 キャンバスに油彩 1973-1977
立ち姿の裸婦はこれまでに約15点ほど描かれている。1933年に描かれた P71の「鏡の中のアリス」に始まりP169の「部屋」1947-1948年の身支度をする娘を描いた P169の「部屋」 そして 1949から 1950年の P187から P190の「裸婦」の 5点 さらにシャスイ時代の P281の「椅子と裸婦」や P282の「身支度」など。これらの立ち姿の裸婦は このローマ時代にまた描かれる。しかも先の作品と同じバルテュス壁を使って描かれる。またこの作品も潔いほど余計なものを排して 立ち姿の裸体と壁 そして僅かに画面端に描かれた洗面用の器と布のかかった細いテーブルだけである。立ち姿の娘は幼さの残った身体を横向きにして布を両手で持って立っている。後ろの壁はわずかに曲面を描いていて その壁は重厚で黄茶色だが ごく落ち着いており 裸体の娘のためにある。陽光は右側の画面外にある窓から差し込んでいるが 室内と裸体もその陽光以上にしなやかに輝いている。まるで自ら光を放っているかのようだ。光は満たされている。彼女は窓辺に置かれた器の水で身体を洗っているのか。両手に黄色がかった布を持ち 裸の足を半歩前に出して陽光に向かっている。その姿には気品があり まるで光の中で生まれたようだ。この姿勢には特別な形はいっさい与えられておらず 更に謎めいたものさえない。必要なものも最小限で あれだけ描き加えてきた模様や柄もまったくなく 家具や器が複雑に配置される事もない。あるのは陽光とそれに包まれながら 自ら光を放つ幼さの残った娘の裸体だけである。若い娘達は実際に身体から光を放つ時期がある。そのような光は P224の「横顔のコレット」に描かれた。そしてここではその光は黄金色に昇華され もはやその光は陽光でさえなくなり 発光体としてして部屋全体に及んでいる。これは寡黙な讃美である。身支度をする娘達や立ち姿の裸体の全てがここに集約し 賛美されている。ここには一つの事象が描かれていると言うよりも それを含む世界が獲得されている。
ここには祝福されるべき美がある。この裸体は初々しく また神々しい。ここには善なる光が満ちている。これはバルテュスが過去の様々な試みと苦労の末に到達した境地によって描かれていると思う。今までにもこれと同じ境地を得て描いた作品もある。しかしこれほどであったろうか。バルテュスの場合 考えや技法は経験として集約され より高みある次元へと至る。この立ち姿の裸婦も偉大な一つの到達地点を示しているが それはこの一点だけでなく 他にもう2点描かれている。P334