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P332。「赤い卓と日本の女性」 145×192㎝ キャンバスにカゼインテンペラ 1967-1976
この作品も日本風として朱色の卓や衝立てなどの調度品をしつらえ 床の上の姿勢を描いている。先の作品と同じく平行透視図法を使い 立体感の表現も最小限にされ光と影の効果も使われていない。またこの半裸の女性も腰に細い帯を結び 着物は腰だけを被っている。そして P329の「トル古風の部屋」と同じく頭に白い帯を巻いている。室内には衝立てと敷物 そして鮮やかな*朱色の小さな卓には花をいけた花瓶と茶器が置かれている。奥の襖は開いているようだ。
この作品で印象的なのは女性の姿勢と正面性を持った顔で その首の突き出し方と肩と腕のひねり具合は不自然で 衝立てに近付けられた顔の位置も意図がよく分からない。バルテュスの作品では このよく分からない点が味わい深いのだが 例えばこの衝立てに近づいている顔は 衝立てに張られた絵や歌を読んでいるのかも知れない。日本の衝立てにこのような事はよく行なわれ 一種の知的な装飾としている。恋人を待つ娘は待つ間に耐えられず ふと衝立てに張られた手紙を読み 心慰めているののではないだろうか。
この作品も先の作品と同じく日本を描こうとし 日本絵画の様式に則っているが 先の作品よりも本作は空間性の表現に苦慮しているように見える。それは完全な平面化が行なわれていないからであり 人物の背後の空間と襖の奥を暗くして奥行を与えているが これは完全に平面化された日本絵画に見慣れた人からすれば 中途半端に見えるだろう。しかし完全な平面化では表現しきれないものを感じたからこそ この背後の奥行は描かれていると考えられる。つまりこの暗さは彼女の心の様子を表しているのであり 絵画的な説明だとすれば納得もできるだろう。完全な平面化を特徴とする日本絵画は ある種の抽象性を獲得しているが ここではその抽象性では表現できない必要性を感じたのだろう。つまり完全な平面化では表現できない心の機微を この暗くされた奥行は表していると考えられる。  
愛する伴侶の国であり それ以前から敬愛する日本の文化 その敬愛の念は日本の絵画世界を自らの作品に取り入れるのではなく その様式に則って描かせるほど強いものであるが この作品では計らずも東西の絵画表現の違いを露呈する事になっている。

* この朱色の卓は本来は個人用の食卓であるお膳だろう。