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「異国の様式に則る」

P331。「黒い鏡に向かう日本の女性」 157×195.5㎝ キャンバスにカゼインテンペラ 1967-1976
この作品は P329の「トルコ風の部屋」と同じく節子夫人を描きながら 日本の古典絵画の様式に見立てられている。その様式の主なものは遠近法で 日本の絵画では平安時代を代表する源氏物語絵巻から江戸時代の浮世絵まで平行透視図法が用いられていたので この2点の作品もその様式を使っている。また室内や家具も日本風になっている。黒い長持ち 漆塗りの黒い鏡 床の敷物の模様 帯の付け方と着物 髪形 女性の体つきまで日本風で その姿勢は床に腰をついて生活する国の人ならはである。半裸の女性は真横から描かれ 手と膝を床について黒い鏡に手を伸ばしている。自らの姿を映すために鏡の蓋を取ろうとしているのだろう。日本では鏡には蓋がされていて 使う時だけ蓋を取る。これは鏡が金属の表面を磨いた表面鏡だったからで 湿気で表面が錆びる事を防ぐ目的があったからである。しかしそうではなく鏡が黒いのは暗闇を映しているからかも知れない。その黒い鏡に手を伸ばした姿態は腕から腰にかけての流れるような曲線を作り その曲線はたおやかで優しい美しさを持っている。またその横顔は思慮深く 控えめな気品を見せている。
平行透視図法の平行な斜めの線と床の敷物の模様も裸体のたおやかな曲線と相まって 古式に則ったゆったりとした時間を感じさせる。ここでは流れる時間もたおやかなのである。バルテュスは幼い頃から中国や日本などの東洋美術に強い関心を持ち 造詣も深かった。中国の古典的な画家の言葉に宇宙感を学び 西欧絵画の技法に固執する事なく その表現方法から多くを得ている。そして新しき得難い伴侶である節子夫人の育った国が日本であれば 自分の作品をその異国の世界で展開させてみようと考える事は大胆だが自然だろう。しかも日本の古典絵画の様式に則って描く事は単に異文化を取り入れるではなく 自らがその世界に出向いている訳で これはバルテュスの謙虚な文化に対する礼儀の示し方と考えられる。この作品はテンペラを使っているが それも日本の絵画の様式に習っての事で テンペラ絵具は絵具の粉末(顔料)を水または乾性油を加えて練り 更に生卵の黄身を接着剤として用いる彩色用画材であるから 仕上りは油彩のような艶はない。しかし日本の伝統絵画は顔料に膠を用いる。また彩度の低い色は日本の風土に合わせるためだろう。絵具とは元来 その土地の風土を反映しているものだからである。
この作品は P329の「トルコ風の部屋」で描いた西と東の文化の混在から一歩踏み出して 日本と言う国に出向き その様式と風土を理解しようとした作品である。また日本風に置き変えられた身支度をする娘である。