307
P307。「風景」 140×156㎝ S80号程度 厚紙に貼られたキャンバスに油彩 1960
これも同じ場所を描いているがシャシーの納屋や青空は目立たなくされ 4本の樹木の枝による構成が主となっている。画面の縦横の比率は変えられ横長になっているから 左側の樹の枝葉はのびのびと広がっている。この4本の樹の枝が織りなす有機的な構成を見ていると まるで大きな抽象画の前に立っているように思えてくる。この枝の形は1本1本全てバルテュスの独得な造形感覚によって作り出されているから面白く 見ていて飽きることがない。
この独特で個人的な造形力と均衡感覚は 枝と枝の間に見られる空間にも見る事ができる。( 図と地の関係を反転するとそれが良く分かる ) この曲線の組み合わせとそこに加えられた直線は拮抗と均衡の関係にあり これは大いなる秩序の復活である。先のP303の「羊小屋」のような秩序の開放から戻ってきたと言える。この大いなる個人的な秩序は 構成から抽象への接近を思わせる。
それからこの作品は制作中の様子が残されていて 褐色に見える所は下塗りの色であり それがちょうど葉のようにも見える。この下塗りの残し方は非常に巧みで創造性がある。制作途中で気がついたであろう。この塗り残しは樹木の構成と共に抽象性も生み出しているので 背景の納屋の現実性と一緒に見ると現実性は置き去りにされているようだ。樹木の抽象性と建物の現実性 その差に当惑を感じるがそこが面白い。

先のページとこの作品の3点は樹木と枝だの構成に始まり 構成と現実性 更に構成の抽象性と現実性へと進展して行った一つの道筋を見い出す事ができる。バルテュスは「同じ主題を繰り返し描く事は 連作ではなく 自分の考えている画像により近づくためだ。」と言っている。その通りだろう。そしてその飽くなき探究の中で辛抱強く繰り返し 時に思いがけない成果も得ながら 次の展開を生んでいく。この創造の道を歩む人は地に足をつけて確かな手応えだけを頼りに一歩一歩進もうとしている。時に脇道や思わぬ袋小路に分け入っても それがバルテュスの創造の道である。 

*図と地。絵画などの視覚伝達方法をとるものは そこにあるものとその背景にあるものとの関係が生じて いる。ここでは樹木の枝とその背景で言えば樹木と枝は図であり その背景は地である。主に見る者は図 だけを見がちであるが 地も見るに値し 図と地は常に切り離せない関係を持っている。