社会主義国家であったチェコスロバキアで民主化が実現しようとするが ソ連の介入で阻止される。プラハの春。パリで学生達が高過ぎる防衛費に対する抗議行動を起こす。
マルセル・デュシャン死去81才。

1969年 61才 ヴィラ・メジチ館の職員の娘であるカティアとミカリ−ナ姉妹を撮影し 写真を制作に利用する。ディトロイトのドナルド・モリス画廊にて個展。「トランプをする人々」「黒い鏡に向かう日本の女性」「朱いテーブルの脇の日本の女性」「読書するカティア」の制作を続ける。母パラディーヌ パリにて死去 83才。
アメリカのアポロ11号が月面着陸に成功し 人類が始めて月に立つ。
ヴィクトル・ヴァザルリ「ヴェガ・ペル」。

1970年 62才 ローマ近郊のモンテ・カルヴッェロに中世の古城を購入し修復をする。4月に息子の文夫 夭折。ジャコメッティ展をヴィラ・メジチ館で開催。
ロバ−ト・スミッソン「螺旋状の突堤」。パプロ・ピカソ「男 ギター 鳥女」。

1971年 63才 ローマのクロード・ベルナール画廊にて「素描と水彩展」を開催。ギルバート&ジョージ「歌う彫刻」。

1972年 64才 「トランプをする人達」「黒い鏡に向かう日本の女性」「朱いテーブルと日本の女性」「読書するカティア」の制作を続ける。ミュンヘン・オリンピックでイスラエル選手がパレスチナ・ゲリラに襲撃される。ジャン・デュビュッフェ「4本の樹の群れ」。リチャード・エステス「バス・リフレクションズ」。

1973年 65才 長女である春美 誕生する。マルセイユのカンティに美術館にて個展。「トランプをする人々」完成。「横向きの裸婦」の制作を開始。
第4次中東戦争始まる。
パブロ・ピカソ死去91才。サム・フランシス「無題」。

1974年 66才 「トランプをする人達」「黒い鏡に向かう日本の女性」「朱いテーブルと日本の女性」「読書するカティア」の制作を続ける。
アンドレ・マルロー死去 77才。アメリカのニクソン大統領ウォーターゲート事件の責任をとって辞任。

1975年 67才 ヴィラ・メディチ館長の任を離れる。「起床」の制作を開始。 トム・ウェッセルマン「愛煙家」。

1976年 68才 「黒い鏡に向かう日本の女性」と「朱いテーブルと日本の女性」「読書するカティア」完成。
中国で毛沢東 死去。

*ロシニエールの時代1977-2001 69才-93才 制作作品数21点70年代後半からスイスのロシニエ−ルに転居する。晩年の時期で2001年の永眠まで24年間あるが作品は少ない。しかし晩年の代表作で それまでの集大成である「鏡猫」や立ち姿の裸婦などを制作し また珍し

い非現実的で難解な「鴉のいる大きな構成」も描いている。これらはバルテュスの画家としての到達点を示す重要な作品である。この時期の重要な作品「モンテ・カルヴッェロの風景 1」「画家とモデル」「スカーフを持つ裸婦」「鏡猫1」「鴉のいる大きな構成」「鏡猫3」。80年代の新たな表現としては 立体物を仮設的に扱うインスタレーションやコンピュータに画材として可能性を求めたコンピュータ・グラフィックスがあり 80年代後半では絵画の具象表現を復活させたニューペインティングが注目される。これ以後はインスタレ−ション コンピュ−タ・グラフィックス パフォーマンスなどが引き継がれ さらに平面や立体などの領域を越えて同時に扱う表現方法が行なわれ始め 共同制作によって互いに刺激しあうコラボレ−ションなども注目されていく。

1977年 69才 スイスのヴォ−州 ロシニエールにあるグラン・シャレを購入し 家族と共に転居。この館は18世紀に建てられたスイス最大の木造建築。ニューヨークのピエール・マチス画廊にて「油彩と素描展 1934−1977」カタログ序文はフェデリコ・フェリーニ。「横向きの裸婦」完成。「休息する裸婦」制作。「鏡猫1」の制作を開始。パリ国立近代美術館(ポンビドゥー・センター)が「キャシーの化粧」を購入。
アンドリュー・ワイエス「秋(春)分」。

1978年 70才 初めての本格的な画集が出版される。ジャン・レイマリー著 ジュネーブのスキラ書店より。「起床」完成。
レンゾ・ピアノとリチャード・ロジャーズ「ジョルジュ・ポンピドゥ国立芸術文化センター」設計。

1979年 71才 「モンテ・カルヴッェロの風景」を制作。
スウェーデンで携帯電話が発明される。

1980年 72才 シカゴ現代美術館にて展覧会。ニューヨークのガートルード・スタイン画廊にて「素描展」。ヴェネツィア・ビエンナーレに油彩26点を出品。「鏡猫1」完成。「まどろむ裸婦」制作。「画家とモデル」の制作を開始。
社会主義国家のポーランドで連帯が 民主化のシンボルとなる。東ヨーロッパの国々でソ連からの自由化を求めて国民の不満が高まる。
クリスト「包囲された島々」。フランチェスコ・クレメンテ「2人の画家」。

1981年 73才 ロンドン ロイヤル・アカデミーの会員になる。「画家とモデル」完成後にポンピトゥ・センタ−が購入。「鏡を持つ裸婦」の制作を開始。ゲォ−ク・バゼリッツ「オレンジを食べる人」。

1982年 74才 イタリアのスポレート芸術祭にて「素描と水彩展」。チューリッヒ トーマス・アマナン・ファイン・アートにて「バルテュスとトゥオンブリー展」開催。「スカーフを持つ裸婦」完成。ニュ−ヨ−ク メトロポリタン美術館に「山 (夏)」が収蔵される。アルマン「長期駐車」。1983年 75才 パリのポンピドー・センターにて回顧展が開催される。「鏡を見る裸婦」完成。「静物」制作。「ギターと裸婦」「鴉のいる大きな構成」「眠る裸婦」の制作を開始。キ−ス・ヘリング「ニュ−ヨ−ク市の地下鉄のドロ−イング」。