芸術と美

芸術家と言う言葉をバルテュスは嫌い 自らを職人であると言っている。これは芸術家という呼び方が勿体をつけて さも偉そうだからだろうが 彼が芸術家である事は明らかだ。しかし芸術とはどのような意味なのかをあらためて考えると *アンリ・マチスの言葉が最も明確だろう。「芸術とは精神を高揚させ 思考を明確にし 感情を軽くするものである。」 この言葉は人にとって重要なものは精神と思考と感情であるとし 心情を越えたところを高まらせ 物事を明確にし 感情に負荷を与えないものとしている。ここには感動も含まれるだろうし 感情を豊かにするでは重さが生じてしまうから 軽くとしたのだろう。つまり芸術とは人々に良い刺激 または影響を与えるものと解釈できる。
また美とは何かと言えば調和であるが 魅力と置き換える事もできる。美の種類には代表的な自然美があり山河や海 動植物 季節と気候などがある。また自然美に対して人工美があり人間が作り出した事物の美を言う。この他に人間美があり 若々しい青年期の輝きや老年のわびさびなども また男性美と女性美に分ける事もできる。そして色彩美 純粋美 理想美 普遍美などもあるし 美の捉え方としての相対美や絶対美もある。さらに美は善であるが 悪でもあり 愛(エロス)でもあるとする考えもある。悪でもあるとは その魅力によって人を惑わすからで 愛であるとは男女の恋愛や性愛も美として捉える事ができるからである。
このような芸術と美の核には真善美がある。真は真実であり 善は良き事物 美は調和とも言え 表現が元来含むべきものである。そしてこの3つはそれぞれに関連していて真は善であり 善は美であり 美は真であり 善は真でもある。また美学者の今道氏はこうも言っている。**真とは存在の意味であり 善を存在の機能とすれば 美は存在の恵みないし愛である。

*アンリ・マチス Henri Matisse 画家 1869~1954。 野獣派の主導者として色彩を自由に扱い 明解で平坦な作風を確立した20 世紀の具象絵画の代表的な画家。
代表作「緑のすじのあるマティス夫人の肖像」1905。「ダンス」1909。「金魚」1912。「ジャズ・サーカス」1947。 

**今道 友信 美学者 哲学者 1922~ 。日本の哲学者で美学者などで「エコエティカ」「類縁学}などを提唱している。主な著作「美の位相と芸術」「東西の哲学」など。

絵画表現と具象の魅力

現在の絵画表現には 現実を正確に再現するような写実表現と現実にあるような具体的なものを 変形や単純化などをする具象表現 そして具体的なものを描かない抽象表現がある。バルテュスの絵画表現の様式は固定化されず 時期ごとに異なるが あくまでも具象表現にこだわり続けた画家であった。写実表現と具象表現は共に現実を基にしているが 写実表現は現実性を成立させるために視覚に忠実すぎて 表現の幅を狭めかねない。それに技法上の約束事が多く 絵画自体の表現の可能性を制約しかねないとも言え絵画は形 質感 立体感 空間性 光と影 色彩 そして構成という要素で成り立っているが 写実表現では現実性を得るためにこれら全てが必要で しかも正確な再現力が求められる。しかし具象表現ではその必要がなく 形は変形や単純化 または誇張してもよく 質感も省略でき その代わりに絵具によって作られた質感を画肌として重要になる。立体感と空間性も必要なだけでよく 光と影も光源の位置などを正確にする必要はない。また色彩も物の持つ個有色に限定されずに扱える。つまり具象表現はこのような制約の少なさが表現の幅を広げ 現実の読み取り方と表し方に自由性がある。それゆえに表現者の感性や思考による展開が広がりやすく また鑑賞者も現実の再現性と言う堅苦しさから逃れ その多様性を楽しむ事ができるのである。しかし写実表現や具象表現で欠かせないのが 現実から得る本当さや実体感 ま

たは実在感である。これを得なければ いかに技法を駆使したとしても ただのありえぬ絵空事になってしまう。そしてこの現実感はバルテュスの作品の場合は2種類あり 計りしれない現実の探究と具象表現としての絵画表現の追求である。また現在の表現の多くは 社会の行き詰まり感や人々の精神的な不安などの負を表現の対象とする事で 時代の本質に迫ろうとする傾向が強い。また絵画はキャンバスに油彩を用いた平面表現で 立体表現は大理石を用いた彫刻などと言った表現形式や手法を過去のものとし 平面表現と立体表現の両立や既存の領域を排して混在化する手法も確立している。また表現から快楽性を取り除き 冷静な純粋化も試みられている。このような表現の追求や創造は確かに必要だが もっと人々に近くあり 絵画に期待や楽しみ 高揚感と明確さ そして感情を軽くまたは豊かにしてくれるもの それでいて見る者を甘やかしたり 媚びないものがあっても良いのではないだろうか。これが具象表現の魅力でもあるのだから。

以上が事前の予備知識であった。これらを踏まえながら 今一度バルテュスの作品をじっくりと鑑賞し それぞれの世界を堪能していただきたい。