135

「黄昏の中に永遠が見える」

P135。「シャンプロヴァンの風景」 96×130㎝ F60号 キャンバスに油彩 1941-1943(1945)
この風景画は「断崖」と「牛のいる風景」から進展して至った高みであり 「ラルシャン」と双壁となる氏のもう一つの到達点を見せる作品である。
この濃密な大気に満ちた風景は午後遅くで 黄昏れ始めている。そしてこの豊穣な大地の彼方には 永遠が見える。この濃密な世界は生の輝きと黄昏れの香りに満たされ 黄金色に輝く大気の向うに累積された時間の量が見える。この量が永遠性であり これは「過ぎ去っていく永遠」*とも言えるし 「永遠の黄昏」とも呼ばれている。晴れ渡った日の午後 日が傾いていく時 陽光は大地を染め 時間を止め それまでに過ぎ去った時間を蘇らせるのだろう。 
ここに描かれた大地は様々な曲線が組み合わされていて その曲線は面になり その面は3次曲面となって地を覆い その覆われた大地には大小の塊 うねり くぼみ 盛り上がり なだらかを作り出している。中央の小高い丘陵はなめらかな練り物かビロードのようだし 幾何学形の畑には立方体の小さな家が建ち 生い茂り重なる樹木は鬱蒼としている。手前の傾斜地は「牛のいる風景」のように広がり 牛を引く人の代わりに若い女性が一人身体を横たえて この風景を眺めている。そして彼女の足元の奥には「断崖」にもあった枯れ枝を持つ樹木も立っているし 左側の大きな窪地は底無しのように深く見える。右上奥の雲のような山は不穏なほど盛り上がっているが 遠くの山々は涼やかに広がりながら 紫色に染まり始めている。この風景は複雑な構成と重厚な色彩ゆえか 現実を濃密に圧縮し または熟成したかのようだ。私たちも永遠を垣間見せる黄昏を見た経験はあるだろう。しかしこのように濃密で熟成した黄昏を見る事ができるのは やはり氏のこの作品ならではだろう。画中の女性はこの風景の唯一の目撃者であり 全てを一人占めしている。何と贅沢なのだろう。もし我々がこの絵の中に入って 彼女のようにこの風景を見る事が出来たら どのような感慨を味わえるのだろう。

* ジャン・ジュネがジャコメッティの彫像に対して言った言葉。
*「地中海の上には巨大な疑問符が浮かんでいる。」アルチュール・ランボー