79

「可虐と受虐の官能性」

P79。「ギターのレッスン」 161×138.5㎝ F100号程度 キャンバスに油彩 1934
この作品もピエール画廊の初個展に出品されているが 他の作品とは別の部屋に展示され 限られた人にのみ鑑賞を許したと言われている。そしてその後も公開を限定された作品でもある。それはこの作品がバルテュスの作品の中でもっとも醜聞的で厄介な内容を描いているからである。
同じ個展に出品されていたP71の「鏡の中のアリス」にも性的な裸体が描かれていたが アリスは無意識であった。しかしここでは明らかに感情と暴力と性があからさまに描かれている。
この二人は 親子だろうか。それとも幼い娘を膝に乗せた女はギターの教師か。女は練習をさぼった娘にお仕置きをしているのか。それともそれを理由に弄んでいるのか 幼い娘は膝の上で髪をつかまれ海老ぞリになっている。下着は付けていない。女の片手は娘の太ももの内側を掴む。無毛の陰丘は露だ。女の加虐に対して幼い娘はうつろな表情で脱力し無抵抗だが 左手は女の衿をつかんで片方の乳房をむき出しにしている。その尖った乳房は怒りなのか官能なのか。しかし女の表情は眼こそ険しいが 口元にわずかに笑みが見える。これは喜びか 怒りと加虐によって相手を屈服させた勝者の余裕か。過度の躾は可虐となり その加虐性は性的な欲望に結びつく事もある。それゆえこの絵は色情加害狂(サディズム)や色情被虐症(マゾヒズム)と言った異常な性的な欲望と無関係ではないように見えるし さらに二人は同性同士である事で同性愛(レズビアン) また年の離れた大人と子供でもあることから 親子の確執や児童虐待という問題とも関わっている。つまりこの絵は加虐と受虐といった禁忌の世界と同性間の愛憎や大人と子供の確執から生じる感情世界を描いていると言える。
この作品もP71の「鏡の中のアリス」と同じように醜聞を起こす事を意図して描かれている。この絵が描かれた当時のパリはダダイズムとシュールリアリスムが 新たな表現活動として物議をかもしながら美術界とその周辺を席巻していた。そんな中で若い画家がそれらと組みする事なく自分の場を確保する事は確かに難しかったろうが この作品は単なる醜聞的な作品ではなくバルテュスが若くしてすでに独自で鋭い本質を探る観察眼を持っていた事を明らかにしている。その鋭さと着眼は禁忌の覆いを剥ぎ取り 絵画は本質を暴き出す手段でもある事を示している。またこの絵の緊張感と性への挑発的な企みこそ 若きバルテュスの精神の糸の張り具合でもあるだろう。
しかしこの醜聞的な作品はバルテュスに対する偏見を生み 誤解を招く種となって行く。そのため後には展覧会などでの公開は行なわれずに 作品自体が禁忌化されるのである。