73

「街中の壮大な見せ物」

P73。「街路」 195×240㎝ F200号程度 キャンバスに油彩 1933

これも初個展に出品されていて その中で最も大きな作品でF200号程度の大きさである。初期の時代に描いていた「同居の無関係」の集大成である。登場している人物は9人で 様々な身振りと姿勢を与えられ 巧妙に組み合わされている。この場所は現実にある二つの通りを合成して作られた架空の場所であり 通りは静かで9人の人々に場を与えるためだけにあるようだ。この場にいる人々は皆 特徴的な姿勢や身振りをとりながら固定化しているように見え 顔立ちや体つきも変形されたり単純化されている。また着ている衣服も当時の風俗を再現したものではないようだ。9人を一人一人検証してみると もっとも印象的な人物は中央右の丸顔の少年のような男だろう。次はその少年のような男の前を後ろ姿で歩く女性だが 赤い十字の目立つ帽子をかぶり 右の手の平を開いている。そして彼女の右手の前には後ろ姿の前掛けをした女性が ベレー帽をかぶった三角顔の子供を抱えている。この乳母のような女の背には首巻きのようなものが垂れ 子供は黄色い紙を持っている。さらに中央に戻ると白づくめの男が細長い荷を肩に乗せて運んでいる。この人物の原形はP47とP53に描かれている。その手前には老婆のような顔の小さな女が幼子のように球遊びをしている。この異形のような女の後ろではつり目の娘が東洋人風の男に腕をつかまれ 抱き止められている。その奥は9人目の男でパン屋の職人のような格好で棒のように立っている。この奇妙に変形と強調をされた人々は 同じ場にいるだけでそれぞれの関係は持っていない。構図上の関係性はあるが ただ同じ通りに居合わせただけ。これは初期の庭園や街を描いた作品と同じであり 互いの無関係さをこの作品では本格的な作品として絵画化している。
しかしこの奇妙さはなんだろう。人々の形か 顔だちか 衣装か 身振りと姿勢か それぞれの無関係さか。または9人の後ろのガラリとした空白の広がりか。人の形や顔だちの畸形に近いほどの異形だからか。各人の衣装は控えめだが 身振りと姿勢は日常的ではなく どこか作られ意味深である。丸顔の男の胸にあてた右手 後ろ向きの女の広げた右手 子供の抱えられ方など。そしてこの情景の平穏さを破っているのが一悶着起こしている東洋風の男と女である。これは性的な強要で 強姦かもしれないが このような事が起こっていても 他の者は無関心である。またこの二人は絵に不穏さを与えているが 球遊びをする幼子も同じく不穏である。この老婆のような顔だちは年を取っても成長しない病を持った畸形者のようだ。また聖職者のような衣装を着た人物は女性に見えるため 聖職者に対して何らかの意味を与えているように思わせている。
このような人々を描く理由は 人間の持つ根本的な負を露呈させようとしているからだろう。バルテュスは現実の街に住む者達の姿を残酷なほど冷静に観察する事で 人々の負の実体を見い出しているが そこにはある種の滑稽さが含まれている事にも気付いている。彼等は負を持つ悲しみを自ら笑いものにする道化のようで まるで芝居の舞台のように見世物化されている。それもある種の残酷さを含んだ壮大な見世物として。