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P72。「窓 (幽霊の恐怖)」162.2×114.3㎝ P100号 キャンバスに油彩 1933(1962)
この窓辺に座って何かに驚いているような女性を描いた絵は一体何を表しているのだろう。 これを描く時バルテュスはモデルを驚かせるために幽霊の真似したとか 軍服を着て刀を抜いたとも言われている。 窓はバルテュスが良く取り上げる画題で17点ほどあるが これが最初の作品である。なぜ驚いているのかを別にして窓辺にいる女性として見れば少しは糸口が見つかるかも知れない。窓は内は外をつなぐ開口部であり 内と外という二つの世界をつなぐ開閉する口である。壁は内と外を分け隔てるが 窓はそれをつなぐ。 光を受け入れ 大気を循環させる。 室内にわだかまった沈鬱な淀みは 開けられた窓から流入する外光と空気によって霧散するだろうし 壁に留まるしかない視線は窓から遥か遠くへ開放されるだろう。 内と外をつなぐ口。ここに描かれた窓は大きく開け放たれ 外の建物は明るく屋根越しに青空と白い雲が見える。 ここからこの女性を取り除けばP206の「窓 ロアンの中庭」の世界になる。 この作品の窓辺は外と内の狭間の世界として描かれているのは確かだろうが。外の陽を浴びる建物は明るいが一つ一つの建物の細部は省かれ構成的に処理されている。室内は陽光が入って来ても暗さは残っていて 外の明るさと内の暗さの中間にいる娘は逆光を浴びて複雑な陰影が出来ている。普通に窓辺に女性が座っていても充分に絵になる。驚く身振りがなくとも絵として成立する。もしかしてそのような心地良さそうな情景になる事を避けるために 過剰な身振りを入れてはぐらかしているのか。スキャンダルを恐れる事なく実行する大胆で早熟な青年画家は謎めく事を好んでも 陽光を浴びる女性像は健康的で穏やかすぎると考えたのだろうか。
前時代的な衣装と意味の判断がつかない姿勢と身振りは謎へと膨らみ そのまま動く事のない姿は石化した人間を眺めているようだと言われている* のだが ありのままを見れば驚くという反応 動作 姿勢 表情といったものが作り出す形態の瞬間性がここにはある。出来事の前後を断ち切り 絵画の静止性を強調するなどといった表現は思いがけない発想である。その意味でこの作品は新たな試みを行なっている。この作品も後に手直しが行なわれていて 29年後の1962年に悪意を込めたような表情は穏やかなになり そのかわりに上着ははだけ片方の乳房を露にされた。つまり表情は穏やかになったが性の露呈が加えられたのである。これは先の瞬間性に性の露呈を加える事で より不可解さを強調すると言った意図が含まれているのかもしれない。

* このような姿勢についてアルベール・カミュは「反抗的人間」の中でこう言っている。「一種の魔法の力で永久にではなく五分の一秒間過ぎてしまえばまた動き出すかのようなほんの束の間だけ石と化した人間を眺めているような気がする。」 
またピエロ・ディラ・フランチェスカの描いた人物についてマックス・ピカートは「彼等は沈黙を身に付け沈黙を通して語る。」と言っている。