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「鏡の中への挑発」

P71。「鏡の中のアリス」162×112P100号 キャンバスに油彩 1933

この作品は初個展に出品されている。「ギターのレッスン」と同じく性的な作品だが これはバルテュスがある意味で意図的に狙ったものであった。「残念な事に あの頃パリで有名になる唯一の方法は話題性でした。それもスキャンダルという話題性。」と述べている。 初個展での反応は大きかったが ほとんどが攻撃的で敵意に満ちたものであったという。あからさまな性を描く事への反発以外にも当時の前衛としてのダダやシュールリアリスムの隆盛と相反するような具象画である事も攻撃の理由になった。
ここに描かれた半裸の女性は 一見するとリアル表現描法で描かれているようだが 実はかなりディフォルメされている。 小さな手 細い上半身に大きな乳房 小さめの腰と太い腿と膝と足首 これらは先のP67の「剣玉をするベティ夫人」と同じ造形感覚である。またこの作品の特徴は人物以外に描かれているモノが非常に少なく ありふれた安価な椅子と無装飾な床壁のみだという事である。 この潔いほどの簡素さはバルテュスの青年期の特徴でもある。実際に貧しかったのであろうが それよりも装飾的なものを廃す事で 描かれたものを際立たせたかたのだろう。
そして肝心な このアリスと言う名の女性は絵を見る者の視線に その身体を無防備にさらけ出しているように見える。 しかしそうではなく この女性が鏡に向かって自分の姿を写しているだけで 絵を見る者はその鏡に映った姿を見ているという仕掛けになっているのである。 ゆえに「鏡の中のアリス」という題名なのである。鏡に自ら姿を映しているアリスは無防備で 髪を梳くだけで 他をおろそかにしている。胸ははだけ 股間があらわになっても気にしていない。 そこに映っている自分は人に見せるための自分ではなく ごく私的な個人的世界にいる自分なのである。つまりこの無防備で露骨な姿を描いている作品は 鏡を前にした女のごく私的な世界を描いているのである。 重要性なのはその露な裸体だけではなく そのごく私的な個人的な世界を暴いている所にある。このような絵を描く25才の青年は確かにかなりの早熟であったと言える。そしてかなり頭が良い。アリスのそのたわわな乳房と露になりそうな陰部は性の露呈であり 刺激的だ。しかしそれよりももっと気になるのが彼女の眼である。この眼の描き方がこの作品の最も鋭い閃きでもあるし この絵の仕組みを語る示唆だと考えられる。薄い膜がかかったような その眼はガラス玉のように空虚である。義眼は美しいが何も映さず 表面は鏡となるだけ。この靄がかかったような眼にはそれさえもできない。この眼は何も映していない。見るべき鏡の前で何も見ていない眼とアリスだが その姿の全ては見られている。鏡の前で自らを映す者はその姿を見ていないのだが その姿は鏡に見られているのである。ここではアリスは見る者ではなく 鏡こそが見るモノなのである。 デフォルメされた裸体 私的な世界と性の露呈 鏡は見ている。これがこの絵の仕組みである。とは言ってもこの絵を自室の壁に掛け 毎日のように眺めていたら きっとアリスの眼と裸体に惑わされるだろう。