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P22。「聖十字架の伝説 (聖なる木とソロモン王とシバの女王の会見)」摸写48×55cm F10号程度 1926。原作ピエロ・デッラ・フランチェスカ。
この摸写ではシバの女王がソロモンの王を訪問している場面のみを描いている。原作では左側にシバの女王が 横たわっている木材に跪いて祈りを捧げている場面がある。

P23。「聖十字架の伝説 (ヘラクリウスの勝利)」摸写 現存せず。原作ピエロ・デッラ・フランチェスカ。
原作ではヘラクリウス皇帝とペルシャのコスロエス王との戦いが描かれ 右側にはこの戦いに破れたコスロエスが首をはねられようとしている。

ここで模写されているのは先の原作者と同じピエロ・デッラ・フランチェスカのサン・フランチェスコ聖堂にある「聖十字架の伝説」である。原作は伝説を10の場面に描いているが バルテュスはその中から4つの場面(次ページに2点)を選んでいる。ここでもそっくりに写し描くよりも この絵を理解する事の方が優先されているようだ。古典から学ぶと言っても古代ギリシャから初期キリスト教美術 ゴシック 盛期ルネッサンス バロック ロココ そして19世紀の古典主義や写実主義 ロマン主義などがある中で この初期ルネッサンスのピエロ・デッラ・フランチェスカを選んでいる所に バルテュスの審美眼の源があるようだ。

聖十字架の伝説=イタリア アレッツォのサン・フランチェスコ聖堂の壁に描かれたフレスコ画。これはキリストが架けられた十字架の出自を語る物語である。始祖であるアダムが死ぬ時 原罪の木の種を口に与えられて墓に納められるが その木が成長した後にソロモンの王に伐られ 橋の材料とされる。シバの女王がソロモンの王を訪れる時に この木材に近づいた女王は未来を予見し 救世主が磔にされる事を知り その木に敬意を表す。それを知ったソロモンの王は禍いをもたらすものとして その木を埋めさせる。しかし予見通り その木は掘り出され キリストを架ける十字架に使われる。その後コンスタンティヌス皇帝がローマを支配する戦いの時に 神から十字架の印を掲げて闘うよう御告げを受ける。勝利した皇帝とその母后は十字架を聖遺物として探すが行方がしれず 唯一知っていたユダを拷問にかけて白状させる。しかし見つかったのは三本の十字架であり どれが本物であるかを確かめるようとした時 1本の十字架が死んだ若者に触れ生き返らせたので それが本物とされた。その後の615年にペルシャ王のコスロエスがロ−マ帝国からこの聖木を奪い拝していたが ビザンティンの皇帝ヘラクリウスに破れ 聖木はヘラクリウスによってエルサレムに戻る事になる。そして聖木の神聖な力は 皇帝にキリストのような謙譲な態度を取らせたので 皇帝は全ての栄華を捨て十字架のみを掲げてエルサレムに入場する事になる。