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P19。「エコーとナルキッソス」摸写 現存せず。原作ニコラ・プッサン。
この現存しない摸写の原作はニコラ・プッサンの作品である。バルテュスは晩年にプッサンに捧げる作品を描き「彼の作品は初恋の相手であり この恋はいつままでも冷めることがない。」と言っている。エコーとナルキッソスはギリシャ神話の一つで 妖精のエコーは女神ヘラについた嘘の罰を受けて 話しかけられた時のみに声が出るようにされてしまう。その後エコーは美少年のナルキッソスに恋をするが 自分から話せない事から失恋し その痛手のせいで山の奥に隠れ 呼び掛けにだけ答えるようになる。一方のナルキッソスはその美しさから多くの妖精から恋されるが 誰にも答えようとしないので失恋した妖精の願いを受けた復讐の女神によって成就しない恋をするようにされる。そうなったナルキッソスは水面に写った自分に恋をし 成就しないその恋に身を焦がして死んでしまう。そしていつでも自分の姿が見えるように水辺に咲く水仙の花になってしまう。

P20。「愛の演奏会」摸写 現存せず。原作ニコラ・プッサン。この摸写も現存していないが 原作のプッサンの小品にはローマ神話の愛の神エロースが描かれている。エロースとはアモール またはクピドであり 英語読みではキューピットと呼ばれ 背に翼を持つ幼児の姿をした小天使としてよく描かれる。彼等は弓と矢を持ち 黄金の矢で射られた者は恋の熱情に取り憑かれ 鉛の矢で射られた者は相手を嫌悪するようになる。ここでは幼子達の背に翼はなく 弓の代わりに楽器を持っている。恋のための演奏だろうが 手前の幼子は月桂樹の冠を持っているから アポローンの恋慕から逃れるために月桂樹に姿を変えたダプネーを思い出させ 恋の受苦も表している。

ニコラ・プッサン=1594−1665 17世紀バロック美術の古典主義の画家 フランス人だがローマで活躍。バロック的な激情や劇的な明暗の効果よりも 冷静で抑制された演劇的な人物達を軽快さを持って構成し 歴史画や宗教画を多く描いた。他に「アルカディアの牧人たち」「サビニの女達の略奪」などがある。

P21。「キリストの復活」摸写29×31cm S4号程度 木版に油彩 1926。この年にバルテュスはイタリアを旅行し フレスコ画を模写している。彼は画家を目指すにあたって美術学校で学ばない代わりに 古典から学ぶ事を父親やリルケなどから助言され実践している。これはピエロ・デッラ・フランチェスカが描いた作品で 十字架に架けられて死んだはずのイエスが生き返った場面である。埋葬された墓石に片足をかけて 御旗を掲げたその堂々とした態度は 死を乗り越えて真に神の子である事を示しているからである。足元に眠る者はイエスの墓を見張る兵士達で これらの様々な形の捉え方と姿勢は 後のバルテュスの作品に反映しているようだ。この摸写はそれほど丹念に描き写してはいないが それは描き写す以上に学ぶものが多かったからだろう。つまり技術よりも絵画の示しうる表現世界を体験していたと思われる。