バルテュスの芸術性と魅力 そして精神性

芸術性

「芸術とは 精神を高揚させ 感情を軽くし 思考を明確にするものである。」と言ったのはアンリ・マチスであった。これが芸術の成し得る事だが これをバルテュスの作品世界に当てはめれば「精神を高揚させ 感情を豊かにし 思考を深化させるもの」となるだろう。精神を高揚させるものとしては 他の芸術作品と同じく 氏の作品も見る者の眼を喜ばせつつ その精神を刺激し 高ぶらせる。感情についてはマチスは軽くするものと言っているが これは感情を豊かにするでは重さに通ずるとして避けたのであろう。しかし氏の場合は重さを含んだ豊かさであり 豊潤であり 熟成である。さらにマチスは思考を明確にするものとしたが 氏の場合は本質を追求しながら秘めると言う点で 見る者を深みへと誘うのであるから 深化と言える。
20世紀の絵画の歴史に名を残す巨匠達は 様々な様式の創造を果たしているが 様式を成立させた後は その範囲内で表現は繰り返されている。しかし氏は作風が繰り返される事を避けるように 様式を固定化しなかった。これは常に様式の創造を行なう事でもあり 制作者の負担は大きい。つまり様式の非固定化によって 自己模倣を避けたと言える。様式の創造は大いなる創造の樹を成す事に等しいが そこに成る実は同じであり 様式の非固定化によって出来る実はそれぞれに異なり 均一や量産化は無理で 同じ成果は繰り返される事はない。それゆえに氏の作品はどのようなものであろうと貴重なのである。 

魅力

そして氏の表現世界の魅力には 少女 性 同居の無関係 醜の道化 演劇性 憂鬱 無限と永遠性 日常の純粋さ 陽光と裸体の輝き 緊張と弛緩 そして秘められたものと謎 関係性による小宇宙 また構成 色彩 画肌などがある。これらは人の皮膚の下などに隠れる本質を 追求する事によって得たものを 明らかにするというよりも 秘める事によって聖域化されている。そしてそこから立ち昇る濃密な気配が放つ香りこそ 氏の作品世界の魅力でもあり これは常に熟成しているが 時に爛熟してもいる。この放香は一様ではなく 濃淡の違いも味わい深い。
また放香だけでなく 耳を傾ければ氏の絵画からは しめやかな囁き声が聞こえてくるが これは孤高で暗い寡黙な深淵から発せられている。そしてその声のする奥に眼をやれば ある光が仄めいているのが見えるが これは真善美の放つ微かなきらめきである。この真善美は表現の根底にあるべきもの または表現が本来目指すべきであり 優れた作品には必ず内包されているものである。この仄めく微かな光こそ 人を強く引き付け 深く魅了する力の基である。
そして氏の作品は表現者とそれを受け取る鑑賞者との関係において 個人と個人 または一対一の関係が求められる。これはまさに秘密の契約を取り交わすような関係であり それ以外ではあの放香としめやかな囁き声は遠のいて行くかのようである。この一対一の秘密めいた伝達の仕方こそ 個人の内奥に深く届く希有な表現の在り方であり これこそが氏の作品に根強い愛好者がいる理由の一つだろう。