* 日本の絵画との関連について

バルテュスは幼い頃 すでに東洋美術に関心を持っており その知識でリルケを驚かしたりもしている。東洋と言っても広く この頃は中国絵画に関心を持っていたようだ。しかしアカデミー・フランスの館長時代では 日本の古典美術展のために作品選定を行なってもいる。この事からも氏が絵画を西洋中心で捉えていない事は明かである。そして実際に自らの作品にも 日本の古典絵画の様式を取り入れている。それは「黒い鏡に向かう日本の女性」と「赤い卓と日本の女性」の二点であるが 東洋的である点で「トルコ風の部屋」を加える事もできる。しかしやはり先の2点の方が様式を より明確に取り入れていて 氏の異国の絵画様式への理解の深さを表している。しかしこれらは様式の具体的な応用であり 肝心なのは 中国または日本絵画の考え方の理解の仕方ではないだろうか。
夏目漱石は西欧と日本の絵画の違いについて「西洋絵画は即物過ぎ 神往の気韻に欠ける点がある。」と述べている。これはものを描く事よりも 心引かれるものに対して その気高さを表さねばならないという事である。つまり神往の気韻とは 心引かれるものを神聖なるものとして捉え その気高さを不可視なもの または神妙なる気配として捉えねばならないのである。これは眼に捉えられるものよりも 抽象的な雰囲気を感じ取る事が重要で これが中国または日本の表現の目指す所であると漱石は言っている。これをバルテュスの作品に照らし合わせると「シャンプロヴァンの風景」や「ラルシャン」などに類似点が見られる。これらには無限性や永遠性を感じ取る事ができ 即物性を越えた神往の気韻があると言える。氏の日本の古典絵画とのつながりは その完成度の高い独自な様式を取り入れた事よりも 視覚的に見えないものを感じ取り 描き表す事において共通点がある。
また日本絵画には関係性を持ったものを 組み合わせて描くと言う伝統的な手法がある。例えば月に雁 梅に鶯 鶴と竹林などの組み合わせである。これは互いの存在を引き立て合う組み合わせであり この関係によって絵画を成立させ 雰囲気を創り出す典型的な手法である。これも氏の作品に照らし合わせると「鏡猫 3」の三位一体を目指す関係性は この手法に符合する。
しかしこのような類似点は 氏は中国と日本の絵画から受けた影響と言うよりも 西欧の文化のみならず絵画の本質を学ぼうとする姿勢から生じた結果だろう。これは初期ルネッサンスから学んだと同じである。そしてその結果 世界における絵画表現の多様性の一部を明らかにしたのである。

* 夏目漱石 1867-1916 小説家 評論家 英文学者 日本を代表する小説家。1906年刊行の小説「草枕」に「神往の気韻」は書かれている。代表作「我輩は猫である」「こころ」「明暗」など。

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